美しい音楽を聴いたとき。
「この曲は好きだ。」
そう感じるよりも先に、
胸の奥が静かに震えることがあります。
それは、理屈ではありません。
「なぜ美しいのか」と説明する前に、
私たちはもう、美しさに触れてしまっています。
では、「美しい」とは、一体何なのでしょうか。
私たちは、美しさを「好み」の問題だと思いがちです。
もちろん文化や経験によって、
美しさの感じ方は変わります。
しかし、それだけでは説明できないものがあります。
夕焼け。
満天の星。
雪が静かに降る夜。
風に揺れる木々。
世界中の多くの人が、
そこに「美」を感じます。
つまり、美しさには、
人間の好みを超えた何かがあるように思えるのです。
古代ギリシャ以来、
数学者たちは「美しい形」を研究してきました。
その代表が黄金比です。
約 1 : 1.618。
この比率は、
など、自然界のさまざまな場所に現れます。
芸術家たちもまた、
この比率を建築や絵画に取り入れてきました。
まるで自然そのものが、
美しさの設計図を持っているかのようです。
前回までに見てきたように、
完全五度。
完全四度。
オクターブ。
これらもまた、
単純な整数比によって生まれています。
偶然ではありません。
人間は、
秩序ある振動に安心を覚えるようにできているのです。
だからこそ、
調和した響きを「美しい」と感じる。
それは文化よりも前に、
生命そのものが持つ感覚なのかもしれません。
古代ギリシャでは、
美とは調和である。
そう考えられていました。
しかし私は、
それだけではないようにも感じています。
完全に整ったものは、
ときに冷たく感じます。
反対に、
少し揺らぎがあり、
少し不完全で、
少し儚いものに、
私たちは深く心を動かされることがあります。
日本には、
世界でも珍しい美意識があります。
桜は、
満開よりも散り際が美しい。
器は、
新品よりも使い込まれたものに味わいがある。
静かな余白に、
豊かさを見る。
この感覚は、
西洋の「完成された美」とは少し違います。
不完全だからこそ美しい。
移ろいゆくからこそ尊い。
この美意識は、
「わび・さび」と呼ばれてきました。
私は、
音楽にも「わび・さび」があると思っています。
すべてを音で埋め尽くさない。
少しだけ揺れるテンポ。
息づかい。
余韻。
沈黙。
そこには、
完璧さではなく、
生命そのものの温度があります。
だから心が動く。
だから涙が流れる。
『Home Within』を制作するとき、
私は「美しい音」を探していたわけではありません。
探していたのは、
安心できる響きでした。
評価される音でもなく、
驚かせる音でもなく、
ただ、
「帰ってこられる音」。
それが、
私にとっての美しさだったのです。
美しい音楽を聴くとき、
私たちは何か新しいものを得ているのではありません。
忘れていたものを、
思い出している。
その感覚に近いように思います。
だから美は、
外側にあるものではなく、
私たちの内側に眠っているものと
響き合うことで生まれるのかもしれません。
次回は、
「音楽は発見されるものなのか、それとも創造されるものなのか」
という問いから、
作曲とは何か、
インスピレーションとは何か、
そして「降りてくる音楽」の正体について、一緒に考えていきたいと思います。